コーチング, コミュニケーション, チキンな上司が読むところ, パワハラ, ビビリ, メンタルダウン, モチベーション, 処世術, 思考術, 本編のための序章, 逃げろ

逃げるのも勇気

 

仕事がいくらできても、

会社でいくら力があっても、

それは、その人を表すほんの一部分でしかありません。

 

人間の価値は、仕事ができるか否か?

ではない!

 

お金はないよりはある方がいい。

仕事はできないよりはできる方がいい。

 

でも、それがその人の価値ではない。

 

金持ちでも、仕事に有能な人物でもクズはたくさんいる。

 

仕事が有能なクズがあなたの上司だった場合、

あなたはそんな上司を尊敬できますか?

 

パワハラ上司も、そんなクズと全く同人種。

 

尊敬できませんよね。

 

尊敬できない相手の要求に応えることほど辛いことはありません。

 

でも、仕事はできる。

理不尽な要求も巧みに正論を交えて攻めてくる。

 

仕事はできるのだから、要領はいいんです。

でも、パワハラをする人間は、人として肝心なところ。

人間の心の部分がぶっ壊れているんです。

だから、まともな人間には辛い。

言うことを聞けない。

 

わたしのパワハラ上司は、

わたしの運転する車の助手席に乗ると、靴下を脱いでダッシュボードの上に足を上げるような人間でした。

いるいる〜!

でしょ?

 

彼は、車の中だけでなく、新幹線、飛行機の中でも靴下を脱ぐ。

例えば、出張先から帰る新幹線。

夜、10時ごろともなると、周りは疲れて眠りに落ちたサラリーマンの方がたくさんいます。

 

でも、彼は靴下を脱いで、ビールを飲んで、

仕事の自慢話や、

「俺の若い頃なんてな〜」

なんて、説教を始める。

 

シーンと静まりかえった電車内に彼の声だけが響き渡る。

前の座席の人がチラチラ後ろを気にしているのがわかる。

通路を挟んだ隣の人の鋭い目線が飛んでくる。

でも、上司は知ってか知らずか、全く気にすることなく話し続ける。

 

一体どういう神経してんだ?

と、思います。

 

こんな時に限って、怖い人も近くにいないからいちゃもんをつけてくる人もいない。

 

「もう少し小さな声で話しませんか?」

 

言ったこと何度もあります。

 

「あん?俺、うるさかったか?わりいわりい」

そう言ってしばらくは声が小さくなるけれど、またどんどん大きくなって元のトーンに戻ります。

「いや、もっと小さな声で」

「小さい声で喋ってるよ。お前そういうところ神経質すぎんだよ」

もう何を言っても無駄です。

 

こんな時、いつもわたしはどうしていたか?

 

周りを巻き込む

 

彼がトイレに立った時、周囲の乗客の皆さんに、

「すみません」

 

立ち上がって頭を下げて、

「すみません」

演歌歌手が曲の最後にマイクを話して口パクでやるあれ。

声は聞こえないけれど、

「すみません」

と、口を大きく開けて謝ってました。

 

大抵の人は、俯き加減のまま、目線だけをわたしに向けて、表情を変えず、

そのまま目線を外します。

あからさまに敵意の目線を向けてくる人もいます。

そう言う人には、もう一度しっかり頭を下げます。

 

ほとんどの人の反応はこんなものですが、中には一人。

苦笑いをして頷いてくれる人もいます。

ほとんど女性です。

 

わかってくれる人は必ずいる

 

「大変ですね」

そう言ってくれた女性もいます。

 

でも、そんな女性が一人でもいてくれたら、車内全体が、

「仕方ないよね」

のような、雰囲気に染まるのです。

「まあ、仕方ないか」

みたいな。

わたしにとって都合の良い勝手な解釈ですが、

この瞬間、わたしはものすごく救われたのです。

 

勇気を出してしっかり行動に出れば、

わかってくれる人は必ずいる。

 

上司がトイレから帰ってくると、車内全体に再び緊張感が戻ってきます。

それがももすごくわかるのです。

 

そして、再び彼が話し始める。

 

車内はよりシーンと静まり返るのです。

 

不思議です。

わたしはものすごく冷静でいられるようになっていました。

 

周りが応援してくれているとまでは言わないけれど、

周りはわかってくれている。

そう思え、上司の態度やうるさい言葉が、

とてもとても滑稽に思えてきました。

「この人、なんか不幸だな〜」

って。

 

彼は、カフェでも靴下を脱ぎます。

靴下を脱ぐだけでなく、

店内に人が少ないと思いきや、

足を伸ばして通路を塞ぐように隣の椅子に足を乗っけます。

店に入った時に、店員さんが若い女性しかいないというのを確認して、

自分より弱い相手しかいないということで、

そういうことをするのです。

 

「それはやめたほうがよくないですか?」

そう言うと、

「なんでだよ。誰もいないからいいじゃねえか」

「人が入って来たらびっくりしますよ」

「その時、足引っ込めればいいじゃねえか」

例のごとく、何を言ってもダメです。

 

店員さんが注文を取りに来ても彼の態度は変わりません。

足を投げ出したままです。

店員さんが一瞬、ギョッとした顔をして、彼の顔を盗み見て、

わたしの顔を見ます。

わたしは、「すみません」

と、いう顔だけ作って作ります。

空気の読めない上司は、

「お嬢さん。誰もいないからいいだろ?」

そんなことを言う始末。

「あ、はい・・・」

店員さんはそう言うしかありません。

 

彼がトイレに立った時、

わたしは、店員さんの元に行き、

「すみません。フキンを貸していただけますか?」

「こぼされました?」

「いや、彼がご迷惑をおかけしたので、隣の椅子を綺麗にしたいので」

「あ、いえ、大丈夫ですよ」

「でも、あんな客、ご迷惑ですよね。本当にすみません。言ってもやめてくれなくて」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「すみません。なるべく早めに出て行きますので」

「大変ですね」

 

この言葉に、本当に救われたのです。

 

わたしの対応が決して正しいとは言いません。

これはあくまで、

圧倒的な力の差のあるパワハラ上司を相手に、

少しでも、自分の気持ちを強く保つためのわたしの中の一つの方法に過ぎません。

 

でも、

直接、パワハラ上司に向かっていかなくても、

周りの人に助けを求める。

その勇気さえ持てれば、

少なくともわかってくれる人は必ず現れる。

 

それが言いたいのです。

 

ものすごく勇気がいることをわかってほしい

 

その後、

彼は、会社の若い女性に幾度となくセクハラを繰り返していたことが発覚し、

干されました。

セクハラが発覚したのも、当事者の女性がわたしに話してくれたからでした。

彼女はわたしに話すのに、何年もかかったと言ってました。

そうです!

に話すには、

ものすごく勇気がいるのです。

その勇気にわたしは応えなくてはなりません。

そこから、その現場を直接抑え、わたしが彼に注意しました。

 

彼は、

「そんなことやるわけないだろ!彼女はなんでそんな嘘をつくんだ」

と、反論し、彼女を攻撃するようなことを言ったので、

さらに上の人に報告しました。

 

それもほんの数年前のことです。

 

パワハラに関しては、まだまだ見て見ぬ傾向にありますが、

セクハラはさすがに放置できない。

社会がそういう意識にようやくなり始めました。

 

気づいたら、気づいていると示してほしい

 

 

パワハラ被害を人に話すということは、

実はものすごく難しいのです。

 

これはパワハラ被害を受けたことのある人にしかわかりません。

 

だから、周りが気づいてあげる。

気づいたら、

「わかってるよ」

と、いう態度を示しあげる。

実はこれも勇気のいることです。

下手したら自分も当事者になってしまいますからね。

 

でも、これをやらないと、これができないと、

何も変わりません。

 

いじめはなくなりません。

 

自分がいつ被害者になるかわかりません。

当事者になるかわかりません。

加害者になっているかもしれない。

 

正しい人間で居続けることは、

勇気のいることなのです。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。

次回をお楽しみに。