コーチング, コミュニケーション, モチベーション, 交渉術, 処世術, 思考術, 覚悟

「己を律する」

とは、

人に優しく自分に厳しくあることだ。

 

そのためには、

社会における自分の小ささを認めた上で、

どう生きるかを常に考えることが必要になる。

 

つまり、

自分という存在は、小さな人間であり、

そんな小さな人間が生かされているのは、自分の周りの人たちのおかげである。

と、いう意識のことだ。

 

その意識を持つことによって、

人は常に謙虚でいられ、

周りの人への気配りもできるようになる。

気配りのできる人とは、

前回にも書いたが、

気づける」人であり、「相手のための行動ができる」人である。

つまり、それが、

 

守ることができる人。

 

 

 

自分の周りにいるそんな人たちのことを思い出してみた。

 

自分と、そんな気配りのできる人たちの決定的な違いはなんだろう?

と。

 

すぐに思い至った。

なるほど・・・・そうか・・・

と。

 

「守ってやる」

「守ってあげる」

とは、決して言わない。そういう素振りすら見せない。

損得勘定で物事を考えない。

そして、

相手にとってのベストが自分にとってのベスト

そういう意識が根本にある。

 

と、いうことだった。

 

そういう人たちを見るたびに、

いつも思うことがある。

 

覚悟があり、

ブレない心の持ち主

だなと。

これが、

人を守れる強さ

だなと。

 

これらを総括すると、

 

言葉より、態度で示そうよ!

って、ことになる。

 

ん・・・・・?

貴乃花のことか・・・・・。

 

 

男の勘違い

 

でも、女性にとって、言葉はものすごく大事。

 

「愛してるなら愛してると言って欲しい。態度だけじゃないくて、言葉で言ってくれないとわからないよー」

言われたことのある男性、たくさんいると思う。

言ったことのある女性、たくさんおられるでしょう?

 

わたしも若い頃、奥さんによく言われました。

「ちゃんと喜んで欲しい」

って。

わたしは、人から何かをしてもらった時の感謝の意を表すのがとても苦手というか、

喜び方が下手なので、奥さんが何かプレゼントしてくれた時なんて、

「本当に嬉しい?」

と、必ず聞かれていた。

「嬉しいよ」

と、言っても、

「だったらもっと喜びようがあるでしょう?」

なんて。

「これでもすごく喜んでるんだけど、どう喜べばいいの?」

「もっとほら〜。うれし〜〜〜 い!最高に幸せだよ〜!みたいなの」

「もちろんすごーく嬉しいよ。そう見えない?」

「全然、見えない。だからつまんない」

「そう言われてもね〜」

「女は、態度で示されてもわからないの。言葉ではっきり言ってくれないと。怠けちゃダメなんだよ!」

「怠けてるわけじゃないんだけどな〜。ずっと一緒にいるんだし、わからない?」

「わからない!努力しろ!」

「はい・・・・」

 

言葉で見せる態度

ってのも、女性には必要なんだなと思ったものだ。

 

 

だからと言って、

なんでもかんでも言葉で見せればそれでオーケーとはならないのが女性で、

「愛してる」

「守る」

という言葉がなんども通じる相手ではない。

「愛してるよ」

「嬉しい!」

なんてのは最初だけで、

「愛してるよ」

「本当に?」

「本当だよ」

「言葉だけじゃね〜。態度がね〜」

必ずそうなる。

 

 

やはり、そう言った、

“宣言”

や、

“所信表明”

と、言えるような言葉は、

言葉で見せるのではなく、態度で示すことが、やはり大切なのだ。

 

「愛してる」

「守る」

「一生幸せにする」

 

きっかけとしては、ものすごく大切な言葉だと思う。

あの時のあの言葉が、心を動かすなんてこともあるし、

あの言葉をいつまでも大切に心に留めてくれる人もいるから。

 

でも、

その後は、しっかり態度で示さなければ、すぐに見透かされてしまう。

そして、

女性は心の中で、どんどんそのハードルを上げていくので、

よりバージョンアップした態度で、

休みなく、ずっと示していかなくてはならない。

 

そう書くと、

「男は大変だな〜」

と、思う。

そう、男とはそういう生き物だ。

基本的には外に出て、好きなことをしていたい。

好きなことだけを楽しくやって、その結果が、

愛する人を守っていることになれば、もっと都合がいい。

 

でも、女性は違う。

「愛する人を守る」

ことが苦痛になることは決してない。

それが当たり前だと思っている。

 

当たり前だと思っているから、

所信表明で、

「愛している」

「守る」

と、言われたら、

何年経とうが、何十年経とうが、ずっとその最初の感動を忘れない。

ずっとその状態が続くことが当たり前のことだと思っている。

そこを男は分かっていないから、

何度も言葉だけをリフレインするのだ。

心だけは昔に置いて来て、言葉だけ何度も多用する。

どこかの場面から必ず、言葉の意味が軽くなり、

男にとっては言い訳やごまかしの言葉となる。

 

女性にとっては、それは何も心に響かない言葉。

 

外国人はそうでもないらしいが、

悲しいかな、わたしたちは日本人である。

 

文化の違いだけは、どうしても超えられない。

 

だから、

本当に守りたいのではあれば、

本当に守る気持ちがあるのであれば、

 

態度で示すこと。

 

これが一番、正解なのだ。

 

と、いうか、

「守る」をずっと維持できている人は、

皆そうしている。

女性も子供も、

その態度で全てを分かっている。

 

分かっているから、最初の頃は、

「わたしのこと好き?」「愛してる?」

と、しつこいくらい何度も聞いてくるが、

いずれそんなことが言わなくなるのだ。

「守ってくれている」

ことが分かっているから。

 

「守る」とは、

態度で示すことなのだ。

 

 

 

話は変わるが、

貴乃花親方の処分が決まった。

 

2階級降格処分。

加害者側の伊勢ケ浜親方の処分と同じ。

どう考えてもフェアじゃない。

それでも、相撲協会側は、世論に阿る形で、ここまで妥協したのだろう。

 

ズレてる。

まあいい。

 

この件については、次回、詳しく書きたいと思う。

わたしの私情オンリーで書く。

 

自分を捨ててまで、弟子を、相撲道を守りたい貴乃花と、

過去の慣習、伝統、協会という言葉を使って、自分の地位を守りたい理事たちと、

”大横綱”としてのプライドと名誉、地位、そして、この先何十年と相撲界を我が物にするための野望を死守したい白鵬。

この三つ巴の本当の戦いがここから始まる。

 

彼らの、

覚悟と、ブレない心はどこまで本物なのか?

 

「守る」

とは何か?

ここから学ぶべきことがたくさんある。