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もう20年くらい前になるでしょうか?

「パワースポット」という呼び名で人々が神社へ詣でるようになってから。

 

最初は、

なんだそれ?神様に失礼やろ!!

と、感じていましたが、そのおかげで神社にお参りに出かける若者がたくさん増えました。

インスタ映えがブームになってから、

ちゃんと着物を着てお参りする人も出てきました。

年末、お墓のお掃除に鎌倉へ行った時も、

振袖の着物姿の若い女の子がたくさん歩いていました。

インスタ映えでもなんでもいいんです。

日本人が着物を着てお寺や神社にお参りに行く。

わたしらの世代よりもよほどきちんとしていると思います。

そういう当たり前のことをする人が数年前までとても少なかったのですから。

それが今や、老若男女、誰もがきちんとお参りをする時代になりました。

とても素敵なことだと思います。

 

やはりわたしたちは日本人ですから、

日々、わたしたちを見守ってくださっている日本古来の神様と、

ご先祖様には感謝して生きる。

 

当たり前のことです。

 

 

わたしは物心ついた時から、近所の遊び場が神社やお寺だったので(と、行っても敷地で野球をしたり、境内の下に拾ってきた野良犬の子供を隠して育てたり、罰当たりにもやりたい放題をしていましたが)、お参りすることは日常の一部でした。今でも必ず月の晦日には氏神様にお参りに行きます。

じゃあ、そこで何かをお願いしたり、願掛けしたりしているかというと、そうではありません。

正直言うと、何も考えてないんです。

 

お賽銭を入れてお辞儀をして柏手を打って、手を合わせて目を瞑る。

その時何かを思っているとしたら、

「天照大御神様。いつもありがとうございます」

と、唱えるくらい。

ご先祖様に対する想いと同じです。

でも、この境地に至るまで結構時間がかかりました。

 

 

最初はそうだったんですよ。

子供の頃もお参りが日常だったので、何も考えてなかったと思います。

「神様。こんにちは」

くらい。

 

それがいつからでしょうか?

神社にお参りに行かなくなった頃からでしょうか?

小学生高学年の頃からでしょうか?

神社にお参りに行くことが、何か恥ずかしいことのような、友達に知られたくないことのような。

神社へのお参りが日常ではなくなった頃からかな。

それと、ほぼ時同じくして、相反するように邪念が脳みその大半を占めるようになりました。

好きな女の子ができたあたりから?

「あの子に想いが伝わりますように」

 

願掛けが当たり前になりました。

 

「どうか高校に受かりますように」

「彼女ができますように」

「就職できますように」

「お金持ちになれますように」

「病気が治りますように」

 

大体が、お賽銭を十円二十円しか出していないのに、

「お金持ちにしてください」

って。図々しいです全く。

 

神社に行くという習慣がなくなった途端、

行くときは何かお願いをしに行く。

という、流れになっていました。

 

不思議なものです。

日常的にお参りしていたときは何もお願いしてなかったのに。

神社や神様の存在をないがしろにした途端に、

行く時だけは何かをお願いに行く。

 

本当に図々しい。

図々しいにもほどがある。

そんな身勝手な輩のお願いを神様が聞いてくれるはずがない?

いや、案外そうでもないんです。

 

 

聞いてくれたこともあったけど、聞いてくれないこともあったように思います。

 

神様は人間に甘いです。

 

 

 

じゃあ、その結果を踏まえて、神様に対して感謝したり、逆にムカついたりしたことは?

それはない。

 

結局は、神前に立ってお賽銭を入れてお願いするだけしておいて、あとは完全に忘れている。

 

12、3歳の頃から40歳手前まで、

わたしの中で、

神様に対して、日々、感謝するという気持ちは完全に消えてなくなっていました。

 

お祭りの時や、何かをお願いする時だけご登場していただくお方。

それがわたしの中にある神様の存在でした。

 

34歳の時、脳腫瘍になって手術をするときも、お参りには行きませんでした。

日頃、お参りもしてない。感謝もしてない。

こんな時だけ、あまりに図々しいよな。

助けてくれるのは神様じゃないし、医者だし。

 

ただ、そのときになって初めて、

お願いだけ行くなんて図々しいよな・・・。

その想いが生まれたように思います。

 

その数年後から、

毎年お伊勢参りに行くようになりました。

 

わたしは全く興味なかったのですが、奥さんの、

「一度行ってみたい」

という希望で、単なる旅行気分で。

初めてお伊勢参りに行って、確かにあの荘厳さや規模や街全体の雰囲気に感動したけれど、

わたしの中の何かが変わることはありませんでした。

 

それからさらに数年経って、奥さんが妊娠してわたしの中に劇的な変化がどんどん起きてきたのです。

 

なぜ、我々の心の中に神様が存在しているのか?

 

日本人であることの意味とは?

そんなことをとても考えさせられる数年間を送ることになるのでした。

続きは次回に。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。