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人は神社に何を求めて向かうのだろう?

 

奥さんが妊娠した時、わたしは一生分の神頼みで願掛けに通いました。

 

妊娠5ヶ月くらいの時、

胎児に障害があることがわかったのです。

そう、今元気に12歳になる娘が胎児だった頃のお話。

子宮の中で後頭部が背中にくっついたような、仰け反った形で収まっていた娘。

「頚椎の先天的な奇形と思われます」

そう言われました。

「帝王切開で出産は可能だけど、生まれて2歳くらいまで首が仰け反ったままでしょう。そのあと、頚椎の手術をします。何度か手術が必要でしょう。完全に健常者と同じくらい首を動かせるようになるかどうかはわかりません」

そこから、わたしは文字通り、医者頼み&神頼みの毎日でした。

奥さんはいろんな病院で検査を受け、

わたしは知人に紹介された宗教施設にも通いました。

中には、助産師さんから、

「お母さんが母親になりきっていないから、子供がこんな目に遭っている。あなたが悪い」

奥さんがそんなことを言われることもありました。

人の弱みに付け込んでくる人間というのは必ずいるもんだ・・・・。

 

だからって暗くなってはならないと、仕事を半年間休業し、動けない奥さんの代わりにできることをやりながら、神社に通い、奥さんとお笑いばかりを見て笑って過ごしました。

結果、どういうわけか、娘は自然分娩で、なんの障害もなく元気に生まれて来てくれたです。

首の曲がりが障害ではないということがわかったのは、出産の2週間ほど前でした。

ある夜、突然、奥さんがお腹の痛みを訴え、

翌日、病院に検査に行ったら、首の曲がりが治っていたのです。

 

これを、人がどう思うのかわかりませんが、

我が家では、

奇跡

と、呼びました。

 

今の医学を持ってしても、この事実を証明することはできませんでした。

この事例は当時の医学会でも発表されたほどでした。

だから、娘は、我が家では、

奇跡の子

です。

もちろん、神社にはお礼参りに伺いましたが、

だからと言って、

「神の力だ」

とは、思いませんでした。

宗教施設にはその後、行くことはありませんでした。

 

奇跡の子は、その出自にも恥じないほどの素敵な娘に育ってくれました。

わたしたち夫婦には似ず、

とてつもなく優しい子に育ちました。

 

わたしたちに似ず、

おっとりしていて、

喧嘩を好まず、

決して人のことを悪く言わず、

目立とうとはしません。

唯一似たところは、

めちゃくちゃ明るいこと。

お笑いが大好きなこと。

 

胎教がモーツァルトではなく、ダウンタウンだったので、

ダウンタウンが大好き。

 

そんな娘を、そろそろ遠くまで連れて行っても大丈夫だろうと、

初めてお伊勢さんに連れて行ったのが、

4歳の時でした。

わたしたち夫婦にとっても5年ぶりです。

 

 

早朝に車で家を出て、一路、伊勢へ。

知多半島から伊勢フェリーに乗って、鳥羽港へ着き、

お昼過ぎに外宮に着きました。

 

わたしは伊勢神宮会員なので、

一番外側の御門の内側でご参拝をさせていただくことができます。

これを、特別参拝と言います。

神主さんからお清めしていただいてから中に入ります。

 

正面左側から門をくぐり、中に入ります。

その瞬間、わたしの後ろを歩いていた4歳の娘がわたしの袖をグッと引き寄せ、立ち止まりました。

「ん?どうしたの?」

「あそこに立ってる女の人は誰?」

「ん、どこ?」

「あそこ。白い着物を着てる女の人」

「ん?どこ?」

「あそこー!」

なんで見えないの?と、少しイライラした感じで指をさしたその先は、

奥の御門の前にある小さな鳥居の真ん中でした。

もちろん、わたしにも奥さんにも人の姿は見えない。

「どんな女の人?」

「ものすごく綺麗な人。髪の毛が黒くて〜耳のところでお団子作ってるの。白いヒラヒラした着物着てる」

「その人、何してるの?」

「こっち見てるよ」

「何か言ってる?」

「何も言ってない。黙ってこっち見てるよ」

「笑ってる?」

「笑ってないけどこっち見てる」

「怖い?」

「怖くない」

「じゃあ大丈夫だよ」

そして、家族3人並んでお辞儀をして柏手を打ちます。お辞儀をして辞去。

娘は振り返り、鳥居に向かって、

「わかった。バイバーイ」

手を振りました。

「また来てねって」

「ん?」

「お姉さん、また来てね、だって」

「しゃべったの?」

「うん。また来てねって。聞こえなかった?」

「パパには聞こえなかったなー」

 

 

わたしと奥さんは、半信半疑です。

「子供には見えるのかね?」

「どうだろう。子供だからね」

「そうなんだよ。ノリでそんな気がしてる可能性あるよね」

「そこなんだよ。なんせ子供だし。でも、否定はできないよね。根拠ないし」

 

(外宮の次に内宮の五十鈴川の前で)

 

内宮でも、特別参拝をさせていただきました。

御門を潜り中に入りますが、娘は普通にしています。

「お姉さん、いる?」

「ん?いないよ。だってあっちにいたじゃん」

「ふ〜ん。そうなんだ」

 

 

その日の夕方でした。

獲りたての魚を生簀から出してその場でさばいて売ってくれるという旅館の近くにある魚屋さんに行きました。

魚屋さんの駐車場に車を止めて、娘が飛び出すように先に車を降りて魚屋さんに入って行きました。

 

遅れてわたしと奥さんが入ると、

魚屋のおやじが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして娘を見ていました。

その時点でわたしと奥さんは顔を見合わせたほどです。

 

なんか普通じゃないことが起こったんだ。

 

そう思いました。

 

生簀の魚を夢中になって眺めている娘と、その姿を仰天顔で見つめている魚屋のおやじさん。

「こんにちは」

わたしがそう言うと、そのおやじさんは、

「ああ、こんにちは。いやー娘さん・・・・」

「はい?」

「いやー、変なことを言うようですけど・・いや、すみませんねー」

「はい、なんですか?」

不思議なもので、そう言いながら、おやじさんが何を言い出すか、わたしにはなんとなくわかっていました。

「娘さん、ものすごく神様に守られてるお子さんですね。いや、変な意味じゃなく」

「ああ、わかりますよ。大丈夫です」

「え?やっぱりそうなんですか?」

「いや、わたしにはよくわからないんですけど、そうなんですか?何か見えました?」

「いやねー。今、お子さんが入ってくる前、店先が突然、金色に輝いたんですね。あれ、なんだろう??と思って見ていたら、その金色の輝きと一緒に娘さんが入って来たから、びっくりしたんですけどね」

「そうなんですか?全然わからないなー」

「よくあることなんですよ」

「え?よくあることなんですか?」

「はい。小さいお子さんには、よくあります。お伊勢さんに行ってらしたんですよね?」

「そうです」

「そのあと、金色に子供が輝いて見えること、よくあるんですよ。でも、久しぶりだからびっくりしちゃって。娘さん、すごく大きな金色の光に包まれてましたから、この子は強く守られてるなーって」

「そうなんですか?それは嬉しいなー」

 

旅館に戻って、

「てことは、やっぱり見えたのは本当なのかなー?」

「てことじゃない?」

「てことだよねー」

「じゃあ来年も来なきゃあってことだよね」

 

そこから、わたしたち家族にとって、神様がものすごく身近に感じられる存在になったのです。

 

この後、その後、娘に起こった数々の不思議な出来事。私たちが各地の神社さんに参った時に起こった数々の不思議な出来事について書いていきたいと思います。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。